伝統的でありながら
進取の精神が垣間見える近代和風建築
伝統的でありながら
進取の精神が垣間見える
近代和風建築
松籟(しょうらい)とは松の梢にそよぐ風、またその音のこと──
「松籟閣」は、昭和初期に朝日酒造の創立者、平澤與之助(よのすけ)が、自らのもてなしの心と当時の先端技術を融合させて築いた邸宅です。訪れるお客様を迎えるために、さまざまな趣向を凝らし、年月をかけて完成させました。
松と楓が特徴的な庭園を囲む伝統的な日本家屋に、アールデコ様式の丸窓やステンドグラス、漆喰のレリーフをあしらったシャンデリアなど、西洋の文化を積極的に採り入れたり、寄木細工の床や、扇や瓢箪などのモチーフを使用した節塞ぎ、繊細に編まれた網代など、自然素材の特性を知恵と技術で活かす工夫が随所に散りばめられています。
近年は、地域の文化交流拠点として主に活用されています。2004年の新潟県中越地震では甚大な被害を受けましたが、この建物に宿る創立者の先見性や進取の精神を後世に伝えるため、復旧・改修が行われ、2018年には国の重要文化財に指定され、現在も多くの人々を魅了しています。昭和初期における先端技術と、既成概念にとらわれない創立者・平澤與之助の先見性を体感できる「松籟閣」へ、ぜひ足をお運びください。
ご案内
| 開館日 | 4月~11月 |
|---|---|
| 休館日 | 火曜日・木曜日 |
| 開館時間 | 11:00~15:00 |
| 入館料 | 無料 |
| 連絡先 | 朝日酒造株式会社(平日9:00~17:00) |
松籟閣見取り図
地域の産業や文化、歴史を伝える文化遺産として、2018年に国の重要文化財に指定されました。
装飾の素晴らしさだけでなく、
地域の産業や文化、
歴史を伝える文化遺産として、
2018年に国の重要文化財に
指定されました。
表玄関
正玄関は前方に入母屋造妻入形式、総ケヤキ造の車寄を備えています。正玄関に続く寄付室の東面の一角には、外套(がいとう)掛けや電話を置いていたことから、客溜り的な空間であったことが分かります。火頭窓には曇りガラスをはめ込む格子窓が建てられています。これでもかと言うほど細いケヤキの桟が組まれ、松葉崩の模様があしらわれています。否応なく目に焼き付くこの造形によって、招客はこの建物の名を脳裏に刻み込むことになります。
松籟の間(茶の間)
2間半四方の12畳半の茶の間です。
床柱はヤシ材、床板はケヤキ、框はタガヤサンなどを使い、手の込んだ造りとなっています。
入襖絵には、横尾深林人によるもので上段に籠と花、下段に松に鳥が描かれています。また仏間との間仕切りの襖建には、福田豊四郎による海と舟が描かれています。天井は高く、威風堂々とした見応えのある空間です。
〈横尾深林人〉横尾の本名は信次郎といい、明治31年、新潟県上越市高田生まれ、昭和54年没。
〈福田豊四郎〉福田の本名は豊城といい、明治37年、秋田県小坂町生まれ、昭和45年没。松籟閣の茶の間襖に“昭和拾年夏日作/越路客中”とあることから、昭和10年夏に平澤家へ寄宿の上で描いたものと考えられます。
仏間
茶の間の東側は6畳間とその北側に取り付く1畳半の仏壇と神棚から構成されています。
仏壇正面の扉は双折の4枚戸で、螺鈿細工があり、留金具にも精巧な細工が施されています。仏壇上には神棚が納められ、正面は桟唐戸の開戸で、両側に鳥と竹の彫刻がはめ込まれています。かつてあった火頭窓には、蓮華花と思われる6角形模様の障子が添えられていましたが、平成16年の新潟県中越地震で破損しました。
洋風食堂
茶の間裏手東側の部屋は洋風食堂です。
床は寄木細工で、北面には入口の扉と上下窓、東面には腰高で4枚建てのガラス戸がはめられています。茶の間境は床の間裏を壁で取り合うニッチで、周囲の枠は木製蛇腹に切られ、上部はキーストーンを模した意匠です。格天井は、照明を吊るす中心部分が8角形に作られています。
小座敷
小座敷は内玄関に面する西側にケヤキ板の小上がりを持つ部屋です。
内玄関に対して控えの間的な性格を持ちます。角格子と対角線を結ぶ隅立格子を用いた細かい仕事の障子戸です。押入際の床柱はクヌギ、南寄の床柱にはカエデを用い、地袋襖絵も銘を豊四郎としています。天井は南側半間が下屋のため、駆け込みの化粧屋根裏天井で、残りは中央を棹縁、周囲を格天井としてクスノキを天井板に張っています。4畳半ながら全体が高密度で華やかな意匠にまとめられています。
洋風寝室
2間半四方の広さで、床は寄木細工、東寄りにアールデコ調の丸窓があり、内部は直線と円で構成されたステンドグラスです。
色とりどりのガラスがはめ込まれています。書斎との間仕切りには2枚の引分戸が入り、チーク材を斜めに貼り、扉中央には縦長にガラスのモザイクタイルをはめ込んでいます。昭和初期は、輸入材も含め、工業製品が世界規模で流通し始めた時期です。松籟閣の建築は、時代の潮流をよく示す建物とも言えます。
朝日の間(書斎)
寝室棟東側の8畳間で、主人の私的空間であり細部の造作に至るまで遊び心を感じ取ることが出来ます。 床柱と東側の落掛はタガヤサン、床框は朱に着彩されています。床の間西側の袖壁は菱形にデザインされた下地窓が開けられ、袖壁を受ける床柱には杉の絞り丸太が用いられています。
応接室
桁行18尺、梁行14尺で設計された洋室で、暖炉を備え、天井は漆喰塗で中心には菱形の漆喰飾で4灯のシャンデリアを下げ、四隅には気抜き穴を開けています。
暖炉の上には、福田豊四郎の絵「暮沼」を飾り、その両脇にはステンドグラスがあります。ガラス面が室内側に張り出すという当時の意匠がよく分かります。壁紙から建具金物までも、当時最先端のものを取り入れています。屋根は緑色の桟瓦葺で、ファイニアル状の鬼瓦を掲げます。
設計は清水組(現清水建設)、大友弘によるものです。大友弘は、正田邸(かつて東京都品川区に所在した上皇后美智子様のご実家)や、新津邸(新津記念館)も昭和初期に設計しています。
廊下(節塞ぎ)
主屋棟の四周には廊下が廻され、ケヤキの長材が床板に用いられています。ケヤキの廊下は応接室、洋風寝室にも伸びていますが、よく見ると節であった部分には富士、瓢箪形などが施されています。廊下を歩きながら、遊び心がどこにあるか探してみるのも面白いかもしれません。